2006-10-26

クオリア入門 心が脳を感じるとき ([著]茂木健一郎) #2

第2章を読み終わり、第3章を読み始めた。3つめの節「物理的時間と心理的時間」でおもしろい記述に出会った。それは・・・

シナプスの相互作用に有限の物理的時間がかかっても、それは、心理的時間の中では一瞬に潰れてしまう。
(p.107)

というもの。

「クオリア」はニューロンの発火で生まれ、その発火はシナプスの相互作用の連鎖が引き起こす。それには時間がかかる。たとえ短い時間であっても0(ゼロ)じゃない。ミリ秒が積み重なってクオリアが、そして心が作られるというのだ。クオリアや心と言ってしまうとよくわからないので、あえて語弊を覚悟して「認識」と呼んでしまおう。それで言い換えてみると、認識には物理的時間がかかるけれど人はその時間を認識できない。つまり認識にかかった物理的時間はなかったことになってしまう、ということ。

これって、主観的に時間を長く感じたり、短く感じたりすることを説明しているんじゃないだろうか。何かに集中しているときっていうのは時間を短く感じる。それって脳の中で「認識」が集中的に起こっているために、物理的時間がどんどん潰されていってしまい結果として短く感じる、ということなんじゃないかな。退屈な時間は長く感じる。それは脳で物理的時間を消費するような認識がほとんど起こらないからではないか。

正直言って、この本、かなり読みにくい(わかりにくい)から、ほとんど挫折しそうなんだけど、ここの記述はおもしろかった。この先、またおもしろい部分があるかもしれない。もう少しがんばって読んでみよう。

0 件のコメント:

コメントを投稿