2008-03-14

本を読む本 ([著]M.J.アドラー/C.V.ドーレン, [訳]外山滋比古/槇 未知子, [版]講談社学術文庫) #1

前日(3/12)に通勤の友として読み出した「働く気持ちに火をつける」([著]齋藤孝)が、煽動的な内容だったので、今日(3/13)はもう少し落ち付いたものを連れて出ようと、この本をポケットに入れて家を出た。

これでも本好きで、「趣味は?」と聞かれたら本読みですと答えるぐらいなんだけど、何というかこれまで漫然と読んできたのか、とショボンとしてしまう。それ ぐらい「読書」というものを技術として突き詰めている。そんな内容だというのが目次と第一部の途中まで読んだ時点での印象。

読書の技術としての最終形態、「シントピカル読書」にまで到達できるだろうか? そもそも、それってどんなもの? 最後まで読めばわかるかな。

2008-03-11

クリティカルチェーン -- なぜ、プロジェクトは予定どおりに進まないのか? ([著]エリヤフ・ゴールドラット, [訳]三木本亮, [版]ダイヤモンド社) #2

昨夜(2008-03-10)、さっくりと読了。睡眠時間も1時間ばかり削ってしまったけど。

大半は TOC の復習で、それを PM (プロジェクトマネジメント) にどう適用するか、という内容。PM の場合のスループットはプロジェクトを計画どおりに完了させられるかどうか。遅れればスループットが低い。

個々の作業見積りにはマージンとかバッファとか呼ばれるものはふくめず50%の成功確率となる期間を見積る。その代わりプロジェクト全体で、クリティカルパスの後にバッファを用意しておく、などなど。PM版TOCとして実践的な内容になっている。

そのあたりまでは良くわかったんだけど、クリティカルチェーンのことになると、わからなくなった。6章(最後の章だ)あたり。じっくり読めばわかるかもしれない。
しれないけれど、読む気になるかね。

2008-03-10

クリティカルチェーン -- なぜ、プロジェクトは予定どおりに進まないのか? ([著]エリヤフ・ゴールドラット, [訳]三木本亮, [版]ダイヤモンド社) #1

今朝(2008-03-10)から通勤の友。仕事がらみ。クリティカルチェーンって何? 、という疑問の答えを求めて積ん読の山から掘り出してきた。

数年前に、ダイヤモンド社から出ているゴールドラットの一連の著作(「ザ・ゴール」に始まるやつね)を買ってあった。うち始めの2冊は、買った当時に読んだんだが、残りの2冊を放り出してあった。その4冊目に手を出したわけだ。3冊目は・・・気が向いたら読むでしょ。

プロジェクトはどうして遅れるのか? その疑問に答えてくれるんだろうか。
ほんと、どうして遅れるんだろうねえ・・・。

2008-03-08

科学的に説明する技術 -- その仮説は本当に正しいか ([著]福澤一吉, [版]サイエンス・アイ新書) #2

さきほど読了。読後の印象がもやもやしていたので、整理するために軽く見返してみた。 第1章と第2章はそれ以後の内容のための準備。第3章が本論。第4章がその補強。最後の第5章は本論に対する別の見方の紹介。といったところか。章名を上げておくと以下のとおり:
  1. 科学マインドを理解する
  2. 日常議論から科学的な議論へ
  3. 科学的説明の論理
  4. 説明理論構築の実際とその検証
  5. 科学者の誠意とは何か?
章を追うごとに科学哲学(メタ科学)の様相を深める。とくに5章はそのまま科学哲学の話になっている。 肝心の3章の中身について俯瞰してみる。「知りたい」という素朴な気持ちの発露から説き起こして、「実態調査型研究」と「仮説検証型研究」の別を述べ、さら には科学では後者が重視されること、その方法論として「仮説演繹法」があることを述べる。この「仮説演繹法」が本書のテーマである「科学的に説明する技 術」そのものだ。 「仮説演繹法」については、p.139の図がわかりやすいか。こんな感じ(↓):
観察などによるデータ収集 → 仮説の形成(帰納的推論) → 予測を導く(演繹的推論) → 予測の実験的確認 → (A)
(A)で予測が誤りであれば「反証」されたことになり「仮説の再構成」に、正しければ「確証」されたことになり「仮説が真に近づく」と。 5章で「さわりの部分」だけが紹介されている科学の方法(仮説演繹法)に対する批判に関して、もっと知りたくなったかな。

2008-03-04

ウェブ時代 5つの定理 ([著]梅田望夫, [版]文藝春秋)

2/28か29ぐらいの発売。発売と同時に購入。文庫でも新書でもないけどソフトカバーでコートのポケットに収まったので、今朝(3/4)から通勤の友になった。

第1定理のアントレプレナーシップを読み終わり、第2定理チーム力に入ったところ。

内容には目新しさを感じないけれど、構成として英語の「名言」が節の冒頭に掲げられているのがおもしろい。英文そのものもわかりやすい文で、そのまま読んでも理解できる。加えてその翻訳が良い。こういうのを読むと、普段ろくな翻訳を読んでないんだなあ(技術書)と実感する。

2008-03-01

ミーム・マシーンとしての私 (上) ([著]スーザン・ブラックモア, [訳]垂水雄二, [版]草思社) #3

3. 文化の進化

生物学的な進化を離れ、人の文化が進化するという観点に立ち、さまざまな先人たちの研究の結果を持ち出しては、これはミーム理論と似ているけど違う、充分で はない、と切り捨てていく。文化の進化を唱えるほぼすべての研究者たちが、その源泉を生物的な遺伝子に求めているが、それは適切ではない、と。

「人間の行 動を十二分に理解するためには、遺伝子淘汰とミーム淘汰の両方を考慮しなければならない」(p.93)。

まとめとして、ミーム現象を説明するために既成の科学は役に立たない、それはゼロから構築しなければならない、と。

まだ、風呂敷を広げている最中かな。どう折りたたんでいくつもりかしら。

ミーム・マシーンとしての私 (上) ([著]スーザン・ブラックモア, [訳]垂水雄二, [版]草思社) #2

1. 奇妙な生物

人 間は地球上の他のいかなる生物とも似ていない点を持つ。それは「模倣」することである。他の生(動物)は模倣をしない(できない)、またはごくまれにし か行わない。「模倣」によって伝わる何か、それが「ミーム」。遺伝子と同じく「利己的」な自己複製子である。ただし、ミーム理論はまだ認められた学説とは なっていない。

2. ミームとダーウィン主義

自己複製子が変異、淘汰および保持という三つの大きな要件の下に置かれたとき、進化 は不可避である。進化の過程はアルゴリズムであり、基質に対して中立的(基質が何であれそれは機能する)。ただし、進化というアルゴリズムの結果を予測す ることはできない。実際に動かしてみなければ何が得られるかはわからない。自己複製子としてのミームは、上記の三大要件を満たす。単独ではうまく模倣され ないミームも、いくつか複合すると模倣の機会が増大することがある。このため、ミーム複合体が生まれる。デネットによれば人間の心や自己(意識)はミーム の相互作用によってつくりだされる(以下、引用の引用):

あらゆるミームが頼りにできる到達すべき安息の地は人間の心である。しかし、人間の心そのものは、ミームたちが自分により都合の良い生息環境にするために脳を再構築するときにつくりだされる人工物なのである

ざっとまとめるとこんなところ。ここまでを2/25あたりに読んだわけだ。軽く斜め読みしつつ、復習をしてみた。