2006-11-14

人体 失敗の進化史 ([著]遠藤秀紀) #2

第二章を読み終わり、第三章に入ったところ。第二章では、進化という名の設計者が生物の身体に残した設計変更の数々が明かされる。中でも鳥に空を飛ばせるための設計変更は、何というか、身につまされるものがある。無茶な仕様変更をどうにか間に合わせで実装しました、というプログラマの疲れた表情が思い浮かぶから。

ドーキンスの「盲目の時計職人」を思い出した。視点が異なるから読み比べてみるのもおもしろいかも。

2006-11-13

Google誕生 ([著]デビッド・ヴァイス/マーク・マルシード,[訳]田村理香)

入手したのは数ヶ月前(2006-09ぐらい)。いくつかあるGoogle本の中から比較的新しかったのでこれを選んだ。すぐに読み出そうと枕元に積んであったが、なかなか読み進めなかった。ようやく読み始めて、今3章の半ばあたり。

知りたいのはGoogleの物語。とくにその始まり。何をしようとしていたのか。そして実際には何をしてきたのか。Appleの場合の「マッキントッシュ誕生物語」(原題: Insanely Great)のような物語を知りたい。

これを読み進まない内に、他にも2冊ほどGoogle本を入手ずみ。「ザ・サーチ ([著]ジョン・バッテル,[訳]中谷和男)」「Google 最強のブランド戦略 ([著]ニール・テイラー,[訳]石原薫)」。一気に読み切ることができるか?(ムリだって)

2006-11-12

メイズプリズンの迷宮回帰 ([著]上遠野浩平) #2

本日(2006-11-12)、読了。

今作で東澱三兄弟の長男も(少しだけ)登場し、主要登場人物もそろそろ出揃ったというところか。一方で新しく登場したキャラクターたちもいる。一回切りで退場となるのか、この先も繰り返し登場するのか。今回登場の刑事は東澱の末妹の一味として再登場しそうな雰囲気だけど。

2006-11-11

人体 失敗の進化史 ([著]遠藤秀紀)

最近、ブログなどで紹介されていた本を買うということが時々ある。これもそんな一冊。「進化」を「設計変更」の累積として捉えているところが気になった。

「クオリア入門」に挫折気味なので(まだカバンに入れてあるけれど)、新たな通勤の友として読み始めた。序章、第一章と読み終わり、第二章を読み始めたところ。

本筋からはずれるけれど、第一章で目を引かれたのは・・・

・・・いまでは、哺乳類を生んだとされていた爬虫類の系統進化の考え方が大きく変わり、哺乳類は爬虫類を介さずに、根源的には両生類から直接生じたとする方が妥当だとされるようになっている。両生類のような脊椎動物から、ニワトリに行く爬虫類の系統と、ヒトに至る哺乳類の系統が、かなり古い時代にまったく別の進化の道を歩み始めているというのが、本当らしい。
(p.37 - 38)

という部分。中学や高校で習い覚えたこととは変わってきているようだ。今の中学生や高校生はどう覚えさせられているのか。学究の世界における知識の変化が子どもたちの教育の内容に反映されるのにはどれぐらい時間がかかるのか。さらにそれが一般常識(と言われるもの)として広まるのにどれだけの時間が必要なのか。そんなことをふと考えた。

2006-11-07

メイズプリズンの迷宮回帰 ([著]上遠野浩平)

ソウルドロップシリーズ(というよりペイパーカットシリーズ?)の三作目。1/3ほど読んだところ。シリーズの内容をすっかり忘れていたのでこの作品を読む前に「ソウルドロップの幽体研究」と「メモリアノイズの流転現象」を読み返した(斜め読み)。

ブギーポップシリーズと世界観と設定を共有している(らしい)。向こうのおもしろさが「世界の敵」にあるとすれば、こちらは「生命と同等の価値のあるもの」にあるのか。それはオレンジ味の飴玉であったり、子供にはちょっと大きめの水筒であったり、古い写真であったりする。今作ではそれは何だろう?

2006-11-05

邪魅の雫 ([著]京極夏彦) #2

予定どおり三連休の内に読了。複数の事件が重なるようで重ならず、つながるようでつながっていない。そんな印象がずっとつきまとう内容だったが、京極堂の登場ですっきりと解決。ある意味では「絡新婦の理」の鏡像とでも言うべき作品だった。

本作では京極堂が死者(事件の被害者たち)の物語を語る場面が登場する。彼らが事件とどのように関わり、何故死んでしまったのか、それを死者の視点から再構成する。それを読んでいて、ふと「死者の代弁者」([著]オースン・スコット・カード)を思い出した。

2006-11-01

邪魅の雫 ([著]京極夏彦)

発売日に買ってきてからほぼ一ヶ月。ずっと読み始める機会をうかがいつつ枕元に積んであった。例によって例のごとくの分厚さのため、まとまった時間が取れ、なおかつ気合いが入らないと読み切れないなぁ、となかなか手をつけられずにいた。昨夜、ふと手にとりパラパラとページをめくる内に読み始めてしまった。現在、160ページを越えたあたり。京極と関口のかけあいが始まったところだ。総ページ数817の内の1/5を読んだことになる。ま、今週末は三連休。そこで読み切ることができるだろう。それにしても寝転んで読むのにはツラい重量だよな。

ちなみに京極の作品との出会いは、その新書らしからぬ分厚さに驚いて手に取った「姑獲鳥の夏」(うぶめのなつ)。1994年の発行だけど、買ったのは1996年のようだ。もう10年だ。京極堂のシリーズ、手元にそろっているのでちょっと書き出してみる。

書名 ふりがな 初版発行年月 総ページ数
姑獲鳥の夏 うぶめのなつ 1994/09 429
魍魎の匣 もうりょうのはこ 1995/01 683
狂骨の夢 きょうこつのゆめ 1995/05 577
鉄鼠の檻 てっそのおり 1996/01 825
絡新婦の理 じょろうぐものことわり 1996/11 829
塗仏の宴 宴の支度 ぬりぼとけのうたげ うたげのしたく 1998/03 613
塗仏の宴 宴の始末 ぬりぼとけのうたげ うたげのしまつ 1998/09 635
陰摩羅鬼の瑕 おんもらきのきず 2003/08 749
邪魅の雫 じゃみのしずく 2006/09 817

6,157ページ。積み上げると35cmになった。