(p.24)
2002年にスタートしたファブラボは、(・・・中略・・・)装置と消耗品にかかった初期費用は 1 施設あたりおよそ 2 万ドルだった。(・・・中略・・・)学外で活動して驚いたのは、それだけの対価を払ってもいいから同様のラボを作ってほしいという要望があつこちからあったことだ。
ここで言う「ファブラボ」とは、この本のもと(ネタ)になった「(ほぼ)あらゆる物をつくる方法」という MIT での講座で使われた施設のこと(この講座は 1998 年に開始された)。正確にはそれと同等の機能を MIT の外で、つまり一般の人々に提供するために作られた施設のこと。
「(ほぼ)あらゆる物をつくる」ことのできる施設って一体どんなものなのか? 著者は言う、
(p.23)
第1世代のファブラボは、三次元構造物の構成要素となる二次元形体を切り出すレーザーカッター、コンピュータ制御のナイフを作ってフレキシブルな接続回路やアンテナを切り出すサインカッター、回転する切削工具を三次元的に動かして基盤や精密部品を作るフライス盤、論理を埋め込む微小な高速のマイクロコントローラをプログラミングするためのツールから構成されている。
これだけも道具(と材料)が 200 万円ほどで手に入るってことだ。200 万円は高いようにも思えるけれど、それで「(ほぼ)あらゆる物」が作れるようになるなら、どうよ? 欲しいだろう? ただ、日本の空間コストの高さを考慮に入れると、ファブラボを置く場所に、その何倍もの出費が必要になりそうだけど。一部屋というかガレージだなあ。
現代は、ハードであれソフトであれ、個人が本当に欲しいモノを作れる時代になったのだと著者は言う。クルマ 1 台分の投資で(場所のことを無視すれば)可能になるそれを、「パーソナルファブリケーション」と呼ぶ。
(p.29)
パーソナルファブリケーションを実現するうえで最大の障害は、(・・・中略・・・)パーソナルファブリケーションが可能であるという知識の欠如だ。
この本を読むまでは、わたし自身、こんなことが可能だなんて思ったこともなかった。自分だけに価値のある物(この場合はハードな、つまりソフトとは違って手で触れられる実体を持ったモノ)を作ることができるなんて。同じことがソフトウェアについても言えるのかも。現在では、プログラミングするために必要な環境は、ものにもよるけれど、ほとんど投資の必要なくそろえることができる。数万円のノートPCが 1 台あればプログラミングには十分なのだ(インターネットへの接続もあった方が良い)。それを知らないばかりにプログラミングなんて自分とは縁のない行為なんだと思っている人は多いのかもしれない。
Amazon からの「おすすめ」の奥深くで見つけるまで、この本についてはまったく存在を知らなかった。知らなかったことが残念だ。もっと早くこの本に出会いたかった。5年前とは言わない、せめて翻訳が出版された 2006 年 2月に読みたかった。そうしたら、今はもっと違う場所にいたかもしれない。そう思えるぐらいインパクトがある。
これはとても良い本だ。ベストセラーになってないのが不思議なぐらい。エンジニア(技術者)は、ソフトでもハードでも「モノづくり」に関わる人は、みんなこれを読むべきだ。いや、むしろ「読まなければならない」っていうぐらいの扱いで。
0 件のコメント:
コメントを投稿